分厚い手袋

♂1♀1(♀2)/所要時間:10分程度

少年・少女と書いていますが、年齢設定はありませんので、もっと年いっててもいいかもです。


少年♂(♀)
少女♀


少年:(あくび)
少女:あー、今日はいたー
少年:あー

少女:ちょっと、何その顔

少年:何が

少女:何が、じゃないよ

   なんか、やばっ…みたいな顔してたじゃん

少年:…そう?

少女:まぁ、いいや

   最近見かけないけど、忙しいの?

少年:なんで?

少女:いや、ほら、あんまり見ないと何かあったのかなーとか思うじゃない

少年:いつどこにいようが、僕の勝手だ

少女:そうだけど、いなくなったら寂しいじゃない

少年:あっそ

少女:ちょっとくらい分かってよ

   心配してるんだよ

少年:勝手にしてれば

少女:あー、ひどい

   いなくなったら街中探しちゃうかもよ

少年:僕よりも他に探すものがあるんじゃない?

少女:え、何?

少年:恋人とか

少女:…私だって恋人くらい

少年:いるの?

少女:今はいないよ、今はね

少年:今は?

少女:そうよ

少年:ふーん

少女:信じてないでしょ

少年:そんなことない

少女:絶対信じてない

   なんか、言い方信じてない

少年:あ、そう

少女:もー

   あ、そうそう、そういえばさ… ……これ!

少年:何?

少女:お母さんが友達のとこ行くなら持って行きなさいって

少年:そういうことじゃない

少女:喜ぶかなって

少年:説明が足りてない

少女:んーっと、りんご?

少年:りんご?ってなんだよ

少女:いいじゃん、あければわかる

少年:(ため息)そうですね

少女:(中身をみて) ほら!りんご!

少年:…

少女:何、その目
少年:何自慢?
少女:何自慢だと思う?

少年:もうなんでもいいや …たべていいのか
少女:どうぞどうぞ、毒なんか入ってませんから
少年:そういうこと言われると毒入ってそうなんだけど
少女:もーらい! (リンゴを食べる)ほらっ、毒なんて入ってない!
少年:たしかにな
 少年、手袋外す
少年:いただきます
少女:どぞー
少年:(リンゴを食べる)………ぬるくなってんだけど
少女:
抱えて走ってきたから…あたしの温もり一緒に食べちゃって♥
少年:…あぁ…ぬるい(嫌そう)
少女:つっこんでよ! 

少年:なんでやねん(棒読み)

少女:感情込めて!

少年:こもってるこもってる

少女:もー!

 少女、ふと少年の手を凝視
少年:なんだよ、急に黙って
少女:あなたの手ってすっごくきれいだね
少年:…手フェチなの?
少女:そんなんじゃないよ! ほら、あなたいつも手袋してるでしょ
少年:そうだね

少女:初めてあなたの手見たな、って

少年:あぁ、初めてだったっけ

少女:そもそも、あなた普段顔しか出てないじゃない

少年:外に出るときはだいたいこんなだよ

少女:家の中は違うの? どんなの着てるの?

少年:ふつーの服

少女:そういうんじゃなくて!

少年:じゃあ君は

少女:あたし? あたしはねー、Tシャツ! 古着のー

少年:へぇ~

少女:へぇ~、じゃないよ! 次、あなたの番!

少年:個人情報なんで、遠慮します

少女:普段の服なんてそこまでの情報じゃないじゃない!

少年:あ、じゃあ、コスプレしてるから、ちょっと言いにくい

少女:あ、って何よ 適当に思いついたこと言ったでしょ今

少年:そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない

少女:んもぉ~!

少年:君って、ずけずけと、いろんなこと聞いてくるよね

少女:え、そんな強引な感じだった?

少年:君らしくていいとは思うけど

少女:…今、ちょっと褒めた?

少年:褒めてない、にやけんな

少女:その顔、ちょっとは褒めたんでしょ? 照れてるんでしょ?

少年:その目をもっと悪くしてやろうか

少女:おもむろに二本の指を突き出さないで!

少年:大丈夫、本気でやろうとは、思ってない、うん

少女:素直に受け取れない言い方やめて

少年:素直に受け取れないのは心が綺麗じゃないからだよ

少女:あなたよりは綺麗ですー

少年:そうですか

 少しの静寂

少女:…ねぇ

少年:ん?

少女:指細くて綺麗なんだね

少年:…いきなり何

少女:え、あっ…何でもない!

少年:やっぱり手フェチ?

少女:そういうんじゃなくて!

   ただちょっと、ほら、珍しいじゃない、あなたが顔以外見せてるの

少年:そう、だね

少女:なんか…ワケありとか?

少年:…

少女:…ごめん! 変な空気にしちゃったね

少年:…ちょっとだけ

少女:へ?

少年:話してあげるよ

少女:ほんとに

少年:うん

少女:それじゃあ、遠慮なく、聞かせてもらおうかな

少年:実は僕、幽霊だから、服を着ないと体が透けちゃうんだ

少女:…ちょっと、それたぶん、ホントのことじゃないよね

少年:信じてくれないんだ

少女:あなたの顔に、うっそぴょーん!って書いてある

少年:僕そんな言葉遣いしない

少女:そこは別にいいじゃない、細かいなぁ

少年:そんなに細かくないよ

少女:で? やっぱり話してはくれないの?

少年:本気で聞きたいの

少女:本気で聞きたい、けど、本気で言いたくないなら聞かない

少年:(ため息)

少女:なによ

少年:何が何でも聞きたいって、顔に書いてある

少女:えっ… そんな顔してた?

少年:してた

少女:…ごめん

少年:なんで謝るの

少女:…なんでかな

少年:…いいよ

少女:ん?

少年:聞かせていいよ

少女:ほんとに

少年:君が理解できるかわからないし、君が信じてくれないかもしれないけどね

少女:またなんか、そういうこと言う

少年:聞いてくれる?

少女:聞かせてって言ったのは私なんだから聞くよ

少年:うまく話せなかったらごめん

少女:そんなのいいって

少年:…

少女:…

少年:別に、アレルギーがひどいとか、大きな傷があるとか、そういうんじゃないんだ

少女:なんだ、病気とかじゃなかったんだね

少年:…病気って考える人もいるかもね。 僕は、呪いに近いと思ってるけど

少女:…?

少年:僕は…人に忘れられてしまうんだよ

少女:どういうこと?

少年:直接、肌に触れることで 僕は人の記憶を抜き取ってしまうんだ

   触れた人から、自分に関する記憶を全て

少女:…冗談?

少年:(微笑む)そう思うよね

少女:いや…だって、そんなこと

少年:ありえない?

少女:…

少年:信じられないよね、こんなこと

少女:…冗談じゃないのね

少年:僕の存在はきっと、すごく不安定なんだと思う

少女:不安定?

少年:きっとこの世界の中で、僕の存在は異端なんだ

   この前読んだ本の言葉を借りるなら「人間の出来損ない」「不必要な塊」

   だから、完全とは程遠いから不安定なんだよ

少女:そんな、そんなこと

少年:どうして神様はこんな僕を生んだんだろうなんて何度も思った

少女:…

少年:こんな、存在すらも揺らぐような、吹き消せば消えてしまうロウソクの火みたいな…

   僕は、こんなふうに生まれること、望んでなんかいなかったのに

少女:…あなららしくない

少年:僕らしく?

少女:いつものあなたならこんなの冗談だよって軽く笑い飛ばして

   笑い飛ばして…

少年:…

少女:本当の自分はひた隠しにする

少年:…僕は僕、君が知らないだけ

   君が知っている何倍も、僕は僕のことを知ってる。君が思うより、僕はきっと汚れた人間だ

少女:あなたは、あなたが思ってるよりも優しい人だよ

少年:…

少女:あなたが言ったことが嘘でも本当でも私は信じるよ

少年:…なんでそんなこと言えるの

少女:あなたが、信じて欲しいって顔をしてるから

少年:そんな顔、してない

少女:してるよ。 私にはそう見えたの

少年:…

少女:忘れない

少年:え?

少女:私は、あなたを忘れない

少年:…忘れないなんて無理だよ

少女:絶対忘れない! 忘れたりなんか、しない

少年:絶対なんて存在しないんだよ

少女:もし忘れてしまったら、もし、もしも忘れたら、また最初からやり直せばいい

   あなたが忘れなければ、全部消えてなくなるわけじゃないんだから

少年:…君はまた同じことを

少女:また? 同じこと

少年:…(気まずそうに目をそらす)

少女:ねぇ、もしかして、私前にもあなたに会ってるの?

少年:…

少女:私、忘れてしまっているの?

少年:…君は強いね

少女:話をそらさないで

少年:(寂しそうに笑う)

少女:…

少年:僕は、また始めからなんて出来ないな

   君みたいに強くない

少女:…寂しくないの?

少年:何度も出会いを繰り返して、何度も同じ話をして…僕は覚えてて、僕だけが、覚えてる

   そんな繰り返しをするくらいなら、僕は寂しい方がいい

少女:…ごめんね

少年:なんで君が謝るの

少女:だって…ごめん

少年:こういう話は、終わろう

少女:…

少年:もう忘れて

少女:…あなたが気に病むことはないよ

少年:そういうんじゃない

少女:忘れて欲しくないんでしょ

少年:

少女:忘れて欲しくないなら、冗談でも”忘れて”なんて言わないで

少年:やっぱり、君は強い

少女:…(くしゃみ)

少年:冷えてきたね… だいぶ日、暮れてきたし
少女:私来たときにはもう、こんな感じじゃなかった?
少年:そうだったっけ
少女:そうだよ
少年:帰らなくていいの
少女:…そうだね、帰らなきゃ
少年:ご馳走さん、これ持って帰れよ
少女:全部食べてくれたんだ
少年:…ぬるかったけどな
少女:次持ってくるときは冷えてるの持ってきますよ
少年:次、ね
少女:うん
少年:…

少女:明日もまたここで待ってるから

少年:ありがとう

 少年、リンゴの入れ物を返すと同時に少女にそっと触れる
少女:えっ… うっ (手が触れたことに少し驚き、その後、気を失う)
少年:
本当に、今までありがとう

   これで、さよならだ

―おわり


あとがき的ななにがし

「人にふれると、存在がなくなる。
 だから僕はいつでも厚い手袋をかかさない」
 直接触れると記憶を無くすという設定自体は、何かの漫画で書いた当時読んだからだと思いますが、
こう、切ないのがどんだけ好きなんだよと思ってます(笑)

私自身が考えた二人の関係は、幼馴染までいかないけど、仲の良かった二人。
でも結局彼女の方は記憶を失って、二人でよく来ていた場所に彼は足を運んでしまう。
そして、自分の記憶を失った彼女と再会。仲良くなって、記憶が消えて…という
ループの最後というイメージです。
きっと彼は、あの場所にもう一度行くことがあったとしても、
彼女の前に現れることはないのではないかと思います。

わざわざこの文まで読んでくださった方、ありがとうございました。